彼女のこと・仕事について

どうも、ともひろです。

 

僕には彼女がいます。

そして、土曜日から一緒に暮らします。

僕の彼女は僕にたくさんのことをもたらしてくれました。

僕がここでこうして未だ仕事を続けていられるのも、彼女のおかげでしょう。

自分ひとりだったら、仕事を辞めて地元に帰っていたかもしれません。

そして僕は後悔していたことでしょう。

彼女に出会う前の僕は自信なんて全くなく、劣等感の塊のような人物でした。

そんな僕に彼女は自信を持たせてくれました。

いつでも僕の味方だと言ってくれました。

これまでの僕の人生では、女性と付き合ったことがほぼありませんでした。

ほぼというのは、お互いを知れるような期間は付き合ったことがないということです。

これから一緒に住むということで、お互いに知ることはたくさんあると思います。

時に、仲たがいしたりもすることでしょう。

血もつながっていないもともとは他人が、一つ屋根の下で暮らすということはそういうことです。

そんなリスクを負いながらも、一緒に住む価値は十分にあると思います。

そのリスク以上に実りある生活が手に入ると思います。

 

急に話が変わって、仕事を続けることについてです。

いやだったら仕事なんてものはやめるべきだと思うのです。

でもなんで僕が仕事を辞めないのかというと、やりたいことをやっている最中だからです。

東京で働きたいというのもその一つです。

働くということになるのは、まだ3か月の研修しかやっていない時点では何もわかっていないと思います。

そもそも研修しかやっていない時点で、仕事をしていないのですから。

そんな東京で働くということが僕のやりたいことだったりするのです。

あと、10000時間の法則を自分で実証したいというのもあります。

10000時間続けたら自分はどの程度のレベルになれるのか。

統計から来た説だとは思いますが、統計なので、自分がどこに位置しているのかは定かではありませんから。

僕は自分の体を使って実証するつもりなのです。

 

では、また。

論理的思考

どうも、ともひろです。

 

僕は、これからプログラマーになります。

今日は先輩に論理的に話さなければならないといわれました。

筋道立てて、相手に伝わりやすく、自分の言いたいことを表現できないといけないといわれました。

確かに、僕は論理的に話すことが苦手です。

現在は、言っていることがめちゃくちゃで、筋道経ってないし、イメージで話している感じです。

あいまいな表現を多用して、とにかく伝わればいいといった感じです。

でも、それじゃだめだといわれました。

僕らはPCと会話することが多いです。

PCはあいまいな表現は読み取ってくれず、10を伝えたかったら、10を1から順にすべて伝えてあげる必要があります。

人間同士の会話だったら、10を伝えたいと思ったら、1,3,5,7,9位に1ずつ飛ばしても十分に伝わるでしょう。

そういった点で、論理だてて抜けなく伝える必要があるのです。

イメージで話してしまうのは、自分の中で、言いたいことがまとまっていないからだともいわれました。

確かにそうです。

僕は頭の中が整理されていません。

情報を多くとりますが、それら情報は、頭の中の空間に点在している感じがしています。

系統だって並んではいないのです。

整理されていないことで、何が問題になってくるかというと、自分が今抱えている問題が見えにくくなってしまいます。

問題というのは、仕事などに置き換えてもいいと思います。

自分が今抱えている仕事を感覚で見てしまっていたら、進捗が見えにくくなってしまいますし、全体の総量も把握しずらくなってしまうことでしょう。

そうではなく、全体を見渡して、分析し、それらを並べて整頓することが大切です。

もし、果てしない分野の勉強だったり、終わりが明確に決まっていないものでしたら、整頓しなくていい場合はあるかもしれませんが、それだったとしても、整頓すると見えやすくなるのは断言できることです。

ましてや、仕事などの終わりが明確に決まっているものでしたら、なおさら整頓すれば扱いやすくなるのは確実です。

まずは普段の会話から気を付けたほうが良いといわれましたので、そういうことに注意しながら毎日を過ごせればと思います。

 

では、また。

朝型って話と諸々

どうも、ともひろです。

 

今日は、研修が終わり7月から配属される会社様に行ってきました。

すげえきれいでしたね。

ビビっちゃいました。

自分もあそこで働くんだという何とも言えない気持ちです。

自分は高卒でして、普通に暮らしていたらあんなオフィスで働くことは一生なかっただろうなと思います。

いつ辞めるにしろ、このままずっと辞めないにしろ、確実に今後の人生に生きる経験になります。

言うのもなんですが、以前の職場を辞めてよかったと改めて思いましたね。

辞めなかったらこんな経験することはあり得なかったですから。

人生って何が起こるかわかりませんね、ほんと。

 

話は変わりまして、自分は根っからの朝型です。

夜勤の記事にも書いてありますが、夜寝れるならお金を払おうと思うくらいには朝型です。

夜ダメなんですよね。

いままで、僕の仕事は10時~19時の仕事でして、僕はそれに慣れようと考えていました。

学校に行っていたときと同じように、自習の時間は帰宅後に取ろうと考えていました。

ですが、それは自分には合っていないことに、なんと、今日気づきました。

遅いですねえ。

なので、明日からは、朝起きてから自習の時間をとるようにしようと思っています。

そのほうが僕の場合は作業効率が良いようです。

自分に合った学習法を身につけましょうね。

自分は、人の意見に流されてしまうところがあります。

本を読むのがとても好きなのですが、人の影響を受けやすく、今読んでいる本の観点からものを考えてしまうところがあります。

ですので、自分の意見は一定しておらず、ころころと変わってしまうところがあります。

言っていることも一定していませんね。

そういう人は信頼を得にくいらしいです。

でも、しょうがないじゃないですか。

そうなんだから。

影響を受けやすいってことは、人の話を心から真剣に聞いているってことだと思っています。

本の著者の話を僕は真剣に聞いているのです。

それでいいのです。

 

では、また。

このままの自分でいいのか問題

どうも、ともひろです。

 

今の自分じゃだめだ。

もっと努力しなきゃ。

そんなことみなさんは考えたことありますか?

でも、いまのままでいいんです。

そのままであなたは素晴らしい。

ですが、素晴らしい人には共通点があると思うんです。

自分を信じていること。

自分を愛していること。

自分を認めていること。

自分を受け入れていること。

焦りからくる努力は何も生まないと思うんです。

心の底から、やりたい。

そう思わなきゃ何も生まないと思うんです。

今の自分は今の自分で受け入れている。

そのうえで、もっと努力をすればもっと自分はよくなる。

そう思えばいいんです。

今の自分でも十分な魅力がある。

何も不足していない。

自分にはできないことはない。

でもプラス努力をすればもっと良くなる。

もっと自分にはできる。

でも今の自分もよくやっている。

そんな風に0-100思考ではなく、真ん中あたりの考えでやっていければ強いと思うんです。

常に真ん中で。

一方に振り切りすぎずに。

ONとOFFの切り替えを上手に。

柔らかく、時に鋭く。

繊細に、時に大胆に。

 

では、また。

打ち込む

どうも、ともひろです。

 

やっぱり、人間やりたいことやるのが一番ですよね。

何かに必死になるのがあるべき姿ですよね。

今日は彼女とコンサートを見に行きました。

ぬるかったですね。

ぬるい。

人を感動させるのは、あんなぬるいものじゃないんですよ。

すごい緊迫していて、ミスは絶対に許されない。

そんな人間のすべてをかけたものが人間を感動させるんですよ。

今日見に行ったのはプロのコンサートではないので、全然オッケーですが。笑

人間が好きなこと、自分がこれをやるって決めたことに必死で取り組んでいる姿は感動を呼びますね。

そんな人が作り上げたものは迫力から自然と見ている人が涙してしまうと思うんです。

人が何かに取り組んで必死こいている姿は同じく必死こいている人たちを呼び寄せると思います。

引き寄せの法則ですかね。

また自分もマジになりたいです。

マジになった先のことなんて考えずに必死で目の前のことに打ち込みたいです。

こんなものでマジになったって、先人たち、ましてや会社の人たちは先に進みすぎているから、自分が頑張ったところで足元にも及ばない。

やってもつまらない。なんて思わずにとにかく必死に頑張りたいです。

資格試験だってそうでした。

こんなもの取ってなにになるんだなんて最初は思っていましたが、とにかくやってみようと思って必死に打ち込みました。

途中またこんなもの取ってなんていう思いが湧き上がってくることは多かったですが、今合格してみて思ったのは、絶対にやってよかった!という達成感がありました。

やってよかったんです。

頑張って何かを達成する。

そんなことに人は喜びを感じるんだと思います。

ラソンだってそうなんです。

ラソンなんて、トップランナー以外は金にならんし、つらいだけだしみんななんでやっているんだろう?馬鹿じゃね?

とか思っていたんです。

でも、町ゆくランナーたちを見てそのたびにマラソンって出てみたいなあと思う自分がいたんです。

でも、努力するのは大変だからと、その自分の声を聞こえないようにしていただけなんです。

そんなこえは無視して、努力して、夏の炎天下の日も、豪雨の日も走る練習をしてマラソンに出場したじぶんが思ったことは、

やってよかった!

ただそれだけなんです。

それを思うために今やっていることに僕は言い訳せずに打ち込みたいです。

 

では、また。

2018/6/23

どうも、ともひろです。

 

今日は図書館でプログラミングの勉強をしていました。

図書館でパソコン使えるっていいですよね。

持ち込みのパソコンです。

電源もありますし、回線も無料です。

公共の施設って使えるなあと思いました。

まあ、その分税金を払っているので。

使わないと損ですよね。

というか、あそこで‘PC使えるならカフェに行く必要ないんですよね。

コーヒー代が浮きますから。

 

昨日は、会社の先輩と宇宙についてずっと話していました。

気づいたら2時間くらい経っていて9時になっていました。笑

先輩は、この世界の真理にたどり着きたいらしいです。

この世界がなぜ存在して、それに理由があるとしたら、何の意図があるのかと。

宇宙について考えると、怖くなることってありませんか?

鳥肌が立つと思うんです。

それっておかしくないか?とかいう話になりました。

確かに、そういうことはあります。

あれってなんでなんですかね。

それについて、もしかしたらそういう風に僕たちはプログラミングされていて、真理にたどり着くような思考はしないように制限されているのかもしれないという話になりました。

それと、自殺した人ってすごいって話もしました。

みなさんは死にたいって思ったことありますか?

僕は何回かあるんですけど、自分では本気で思っていたつもりでしたけど、今考えてみたら、本気で死ぬという行動に移せていたかというとそうではなかった気がします。

死ぬという行動に移すには、もう何段階か上の次元だったように思うんです。

つまり、本当に電車に飛び込んだりした人たちの心境ってのは僕は経験をしたことがないわけです。

経験をしたことがないってことは、想像できないってことで、その時の気持ちってどんなんなんだろうねって話にもなりました。

死の先に果たして何があるのでしょうか。

もしかしたら、生とは苦しみであって、死こそが幸せなのかもしれません。

 

 

では、また。

学生から社会人へ

どうも、ともひろです。

 

社会に出るということ。

学生生活から働くということ。

小学校6年

中学3年

高校3年

僕はここまでです。

計12年間

学校という生活に慣れ親しみます。

そこから急に社会に出ます。

12年間は、学費を払って、勉強をさせてもらう立場です。

しかし、そこから急に給料を貰って、働くという立場に変わります。

本当に急なんですよね。

プログラマーという職業については、知識で仕事をしますから、お金をもらって勉強をさせてもらっている感覚です。

ましてや、3か月も研修をさせてもらいますから、重みもあります。

逆に言うと、3か月も研修させてもなお余りあるくらいその後の業務で利益が出るんでしょうね。

僕の会社は、派遣のようなものですので、相手方の会社からその人の単価分がうちの会社に入ります。

おいしいんでしょうねえ。

話は戻って、今まで、お金を払っていたわけですから、勉強をするもしないも自分次第です。

ですが、業務は違って、やるべきことを責任持って期日までに仕上げなければいけません。

責任なんて持ちたくありませんし、逃げ出したくもなります。

でも、逃げちゃダメなんです。

働きたくない人の気持ちもよくわかります。

働かなくていいなら働きたくない。

でも、働かなかったら暇だと思いますねえ。

毎日何するんでしょうねえ。

ならば、働いたほうが良いように思います。

働くということは、誰かの役に立っていますから。

誰かの役に立って、その対価としてお金をもらうってのが資本主義の基本でしょう。

働こう。

誰かの役に立とう。

 

では、また。