このままの自分でいいのか問題

どうも、ともひろです。

 

今の自分じゃだめだ。

もっと努力しなきゃ。

そんなことみなさんは考えたことありますか?

でも、いまのままでいいんです。

そのままであなたは素晴らしい。

ですが、素晴らしい人には共通点があると思うんです。

自分を信じていること。

自分を愛していること。

自分を認めていること。

自分を受け入れていること。

焦りからくる努力は何も生まないと思うんです。

心の底から、やりたい。

そう思わなきゃ何も生まないと思うんです。

今の自分は今の自分で受け入れている。

そのうえで、もっと努力をすればもっと自分はよくなる。

そう思えばいいんです。

今の自分でも十分な魅力がある。

何も不足していない。

自分にはできないことはない。

でもプラス努力をすればもっと良くなる。

もっと自分にはできる。

でも今の自分もよくやっている。

そんな風に0-100思考ではなく、真ん中あたりの考えでやっていければ強いと思うんです。

常に真ん中で。

一方に振り切りすぎずに。

ONとOFFの切り替えを上手に。

柔らかく、時に鋭く。

繊細に、時に大胆に。

 

では、また。

打ち込む

どうも、ともひろです。

 

やっぱり、人間やりたいことやるのが一番ですよね。

何かに必死になるのがあるべき姿ですよね。

今日は彼女とコンサートを見に行きました。

ぬるかったですね。

ぬるい。

人を感動させるのは、あんなぬるいものじゃないんですよ。

すごい緊迫していて、ミスは絶対に許されない。

そんな人間のすべてをかけたものが人間を感動させるんですよ。

今日見に行ったのはプロのコンサートではないので、全然オッケーですが。笑

人間が好きなこと、自分がこれをやるって決めたことに必死で取り組んでいる姿は感動を呼びますね。

そんな人が作り上げたものは迫力から自然と見ている人が涙してしまうと思うんです。

人が何かに取り組んで必死こいている姿は同じく必死こいている人たちを呼び寄せると思います。

引き寄せの法則ですかね。

また自分もマジになりたいです。

マジになった先のことなんて考えずに必死で目の前のことに打ち込みたいです。

こんなものでマジになったって、先人たち、ましてや会社の人たちは先に進みすぎているから、自分が頑張ったところで足元にも及ばない。

やってもつまらない。なんて思わずにとにかく必死に頑張りたいです。

資格試験だってそうでした。

こんなもの取ってなにになるんだなんて最初は思っていましたが、とにかくやってみようと思って必死に打ち込みました。

途中またこんなもの取ってなんていう思いが湧き上がってくることは多かったですが、今合格してみて思ったのは、絶対にやってよかった!という達成感がありました。

やってよかったんです。

頑張って何かを達成する。

そんなことに人は喜びを感じるんだと思います。

ラソンだってそうなんです。

ラソンなんて、トップランナー以外は金にならんし、つらいだけだしみんななんでやっているんだろう?馬鹿じゃね?

とか思っていたんです。

でも、町ゆくランナーたちを見てそのたびにマラソンって出てみたいなあと思う自分がいたんです。

でも、努力するのは大変だからと、その自分の声を聞こえないようにしていただけなんです。

そんなこえは無視して、努力して、夏の炎天下の日も、豪雨の日も走る練習をしてマラソンに出場したじぶんが思ったことは、

やってよかった!

ただそれだけなんです。

それを思うために今やっていることに僕は言い訳せずに打ち込みたいです。

 

では、また。

2018/6/23

どうも、ともひろです。

 

今日は図書館でプログラミングの勉強をしていました。

図書館でパソコン使えるっていいですよね。

持ち込みのパソコンです。

電源もありますし、回線も無料です。

公共の施設って使えるなあと思いました。

まあ、その分税金を払っているので。

使わないと損ですよね。

というか、あそこで‘PC使えるならカフェに行く必要ないんですよね。

コーヒー代が浮きますから。

 

昨日は、会社の先輩と宇宙についてずっと話していました。

気づいたら2時間くらい経っていて9時になっていました。笑

先輩は、この世界の真理にたどり着きたいらしいです。

この世界がなぜ存在して、それに理由があるとしたら、何の意図があるのかと。

宇宙について考えると、怖くなることってありませんか?

鳥肌が立つと思うんです。

それっておかしくないか?とかいう話になりました。

確かに、そういうことはあります。

あれってなんでなんですかね。

それについて、もしかしたらそういう風に僕たちはプログラミングされていて、真理にたどり着くような思考はしないように制限されているのかもしれないという話になりました。

それと、自殺した人ってすごいって話もしました。

みなさんは死にたいって思ったことありますか?

僕は何回かあるんですけど、自分では本気で思っていたつもりでしたけど、今考えてみたら、本気で死ぬという行動に移せていたかというとそうではなかった気がします。

死ぬという行動に移すには、もう何段階か上の次元だったように思うんです。

つまり、本当に電車に飛び込んだりした人たちの心境ってのは僕は経験をしたことがないわけです。

経験をしたことがないってことは、想像できないってことで、その時の気持ちってどんなんなんだろうねって話にもなりました。

死の先に果たして何があるのでしょうか。

もしかしたら、生とは苦しみであって、死こそが幸せなのかもしれません。

 

 

では、また。

学生から社会人へ

どうも、ともひろです。

 

社会に出るということ。

学生生活から働くということ。

小学校6年

中学3年

高校3年

僕はここまでです。

計12年間

学校という生活に慣れ親しみます。

そこから急に社会に出ます。

12年間は、学費を払って、勉強をさせてもらう立場です。

しかし、そこから急に給料を貰って、働くという立場に変わります。

本当に急なんですよね。

プログラマーという職業については、知識で仕事をしますから、お金をもらって勉強をさせてもらっている感覚です。

ましてや、3か月も研修をさせてもらいますから、重みもあります。

逆に言うと、3か月も研修させてもなお余りあるくらいその後の業務で利益が出るんでしょうね。

僕の会社は、派遣のようなものですので、相手方の会社からその人の単価分がうちの会社に入ります。

おいしいんでしょうねえ。

話は戻って、今まで、お金を払っていたわけですから、勉強をするもしないも自分次第です。

ですが、業務は違って、やるべきことを責任持って期日までに仕上げなければいけません。

責任なんて持ちたくありませんし、逃げ出したくもなります。

でも、逃げちゃダメなんです。

働きたくない人の気持ちもよくわかります。

働かなくていいなら働きたくない。

でも、働かなかったら暇だと思いますねえ。

毎日何するんでしょうねえ。

ならば、働いたほうが良いように思います。

働くということは、誰かの役に立っていますから。

誰かの役に立って、その対価としてお金をもらうってのが資本主義の基本でしょう。

働こう。

誰かの役に立とう。

 

では、また。

やりたいこと

どうも、ともひろです。

 

みなさん、やりたいことはありますか?

やりたいこと、ありますか?

この世界では、やりたいことに理由が必要なようです。

僕が、海外を一周してみたいというと、どうして?それをしてどうなるの?

という返答が返ってきます。

どうして?それをしてどうなるの?

そんなもん知るか!笑

突然ですが、僕は東日本大震災を経験しました。

福島県民です。

高2で被災し、原発事故にも逢いました。

原発事故は、僕に様々なものを与えてくれました。

地元を汚してくれました。

良くも悪くも。

僕は、事故前は、地元愛者で、一人では何もできない子でした。

親に溺愛されていましたので。

特に、何の思考力もなく、当たり前のように、福島で就職して、福島で生涯を終えようとしていました。

そんな高2の僕を襲ったのは、原発事故です。

放射能がばらまかれました。

その時に初めて、僕は県外に出すことを視野に入れ始めました。

そして、高校卒業後、神奈川に転職しました。

そして一年後富山に転勤しました。

そして、4年後、現在の東京に出てきました。

県外に出て気づいたのは、自分の視野の広がりです。

今まで、それがこの星のすべてだと思っていた福島での生活。

それが見事に覆りました。

今までは、井の中の蛙だったことを知りました。

僕はよく、海外に住んでみたいということを話します。

それも同じ理由からです。

福島から県外に出た時のように、今の自分が海外に出た時に自分は何を感じるのかを知りたいのです。

言葉も通じない、ライフスタイルも全く違う世界に自分が出て行ったときに何を感じるのか。

多分、価値観が一変するのではないかと思っています。

福島から出た時のように。

という理由で、僕は海外に住んでみたいのです。

未知の体験をし続けたいのです。

同じ場所にとどまりたくはないのです。

 

では、また。

驕るということ・我が強いということについて

どうも、ともひろです。

 

調子に乗ったら終わりですね。

調子が良いときにそれを過信して調子に乗るのはNGですね。

調子には波があります。

良い悪いを繰り返しています。

良い調子が来たら次は悪い調子が来ます。

そうやって波を描いています。

良い調子が来た時に、このまま良い調子が続くだろうと高をくくってしまうと、悪い波が来た時に気づけません。

株に似ていますね。

会社の調子がいいからと、どんどん投資をし続けていては、下降したときにうまく逃げ切ることができず、損をしてしまいます。

株ならば、常にチャートが見られますから、加工に気づかないということはありません。

ですが、現実世界の調子はチャートがないものですから、驕っていては、見ることを怠ってしまうのです。

驕る平家は久しからず。

よく言ったものです。

調子が良い時こそ、慎重に。

調子がいい時こそ、普段通りに。

調子がいい時こそ、普段の努力を淡々とこなす。

そういったことに気を付けていければと思います。

 

我が強い人は、我によって損をすることがあります。

自分のことばかり考えていては、周囲の人の声に気づけないことになります。

周囲の人は自分が思っているより自分に興味がありません。

周囲の人は周囲の人で自分のことで手一杯です。

自意識過剰になるのもほどほどにしましょう。

僕は自意識が過剰です。

他人を常に警戒しています。

それは直したほうが良いことなのでしょうが、人は急には変われません。

ですが、以前よりはよくなっているのは確実です。

以前僕は外にも出られませんでしたから。

自意識が過剰すぎて、外で人にすれ違うたびに、

キモいと思われているんじゃないか、僕を見て笑っているんじゃないか。

そんなことばかりが頭の中を駆け巡っていて、正気を保つことができていませんでした。

思春期だといえばそれまでなのですが、それは思春期を過ぎても続いていました。

それが直ってきたのは、僕が変わろうと決意した日からですね。

人は変われます。

 

では、また。

地震~日本人~

どうも、ともひろです。

 

今朝は、タイ人の友達から大阪地震を心配してのラインが届いていました。

僕とその周りの人たちには幸い何も被害がありませんでしたので、大丈夫だと返信しました。

そこで僕は、

心配してくれてありがとう。

でも、大丈夫。

日本人はお互いに助け合っているから。

昔から。

と送りました。

日本の人たちって、普段はいがみ合っていますけど、災害や困難があると助け合ってきましたよね。

そこで僕はあることを思い出しました。

電車の人身事故です。

梅雨入りしてから、立て続けに人身事故が起きていましたよね。

とても悲しいことです。

ご冥福をお祈りします。

でも、こういう人を支える人はいないものかと思いますね。

まあ、いないからそう言う結果になってしまったのでしょうね。

SOSを出してくれれば、助け舟を出してくれる人は現れるでしょうがこういう状態にある人はなかなかそれも難しいでしょう。

まあ、僕があれこれ考えてもどうこうなる問題ではありませんから、これ以上は考えるのはやめます。

まあ、こっちにきてから、そういう出来事に対しては鈍感になりましたね。

きて間もない頃はそういう掲示があるたびにショックを受けずにはいられなかったですが、いまはとくに動揺することもなくなりましたね。

良くも悪くも。

まあ、助け合っていきましょうと言うことです。

そして、自分は周りの人に助けを求められた時にできるだけ助けてあげられるような人になりたいです。

人を助けてあげられる人は自分に余裕がある人だと思うので。

そう言う人になりたいです。

昨日、でっかい目標を立てました。

僕の特性上、人に話してしまうとやらなくなるので言いませんが。

人に話しただけで満足してしまうおめでたい奴なんで。

当分それに向かって努力していこうと思っています。

目標があることはいいことですね。

目標があるってだけでなんか安心するんですけど。

僕だけですかね。

目標が僕を動かしてくれます。

 

では、また。